はじめに
春、2月〜3月。 くしゃみ、鼻水、目のかゆみ……。 国民病とも言える「花粉症」の季節がやってきました。
ティッシュを手放せない人にとっては、 「なんで日本にはこんなにスギの木があるんだ! 誰だよこんなに植えたのは!」 と叫びたくなる気持ちでしょう。
実は、その怒りの矛先は、かつての「日本政府(国)」に向けるのが正解かもしれません。 日本の山がスギだらけなのは、自然の姿ではなく、戦後の「ある政策」とその後の「経済の誤算」が生んだ、巨大な人災だったのです。
戦後:「木が足りない! 杉を植えろ!」
話は第二次世界大戦直後にさかのぼります。 焼け野原になった日本を復興させるため、住宅用の木材が大量に必要になりました。 しかし、山はハゲ山同然。
そこで政府は、 「成長が早くて、真っ直ぐ育つ『スギ』と『ヒノキ』を植えまくれ!」 という「拡大造林政策」を打ち出しました。 全国の山々の広葉樹(ブナやナラ)を切り倒し、そこに一斉にスギを植えたのです。
ここまでは、復興のための正しい判断でした。
昭和39年:「安い外国の木を買おう」
しかし、スギが成長するのを待っている間に、日本の経済は急成長しました。 そして1964年(昭和39年)、木材の「輸入自由化」が始まります。
すると、海外から安くて太い木材が大量に入ってくるようになり、 「日本のスギを切って運ぶより、輸入した方が安いじゃん」 という状況になってしまいました。
放置されたスギの「逆襲」
その結果、せっかく植えた日本のスギは、「売れないから切らない」と山に放置されることになりました。
ここで最悪の事態が起きます。 スギは、樹齢30年を超えたあたりから、子孫を残すために「大量の花粉」を出し始めます。 戦後に植えられたスギたちが、ちょうど働き盛り(花粉出し盛り)の樹齢に達した頃、誰にも切られることなく放置され、一斉に花粉を撒き散らし始めたのです。
これが、1970年代後半から花粉症患者が爆発的に増えた原因です。
今も減らない理由
「じゃあ、今すぐ全部切ればいいじゃないか!」 と思いますが、
- 山奥で作業する林業の担い手がいない。
- 切っても赤字になる。
- 急にハゲ山にすると土砂崩れが起きる。
といった理由で、なかなか進んでいないのが現状です。 (※現在は、花粉の少ない品種への植え替えが少しずつ進められています)
まとめ:経済成長の代償
- 日本の花粉症の原因は、戦後の「拡大造林政策」
- 復興のためにスギを大量に植えたが、輸入自由化で不要になった
- 切られずに放置されたスギが、成長して大量の花粉を出している
- つまり花粉症は、国の経済政策が生んだ「人災」と言える
ズビズビと鼻をかみながら山を見ると、青々と茂るスギ林。 あれは自然の豊かさではなく、 「経済の流れに翻弄され、行き場を失った木々の嘆き」 なのかもしれません。 そう思うと、花粉症の辛さの中に、少しだけ哀愁を感じ……やっぱり辛いものは辛いですね。


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