実は、戦国最強「鬼島津」は猫を戦場に連れて行った!理由は「癒やし」ではなく…驚きの活用法

はじめに

「鬼島津(おにしまづ)」の異名を持ち、敵軍から恐れられた薩摩(鹿児島)の猛将、島津義弘。 関ヶ原の戦いでの「敵中突破」など、その武勇伝は数知れません。

そんな強面(こわもて)の彼が、命がけの戦場に「7匹の猫」を連れて行っていたことをご存知でしょうか?

「まさか、戦いの合間に猫カフェ状態で癒やされていたの?」 いいえ、違います。 猫たちは、軍隊にとって最も重要な「ある役割」を担う、特殊部隊だったのです。


猫の目は「高性能な時計」

戦場において、「時間」を知ることは勝敗を分ける重要な要素です。 しかし、当時は腕時計などありません。曇っていて太陽の位置が見えない日もあります。

そこで島津義弘が目をつけたのが、「猫の目(瞳孔)」でした。

猫の目は、光の量によって形が劇的に変わります。

  • 朝・夕方(暗い時): 瞳孔が大きく開き、「丸く」なる。
  • 正午(明るい時): 瞳孔が細く閉じ、「針のように」なる。

義弘は、猫の目の開き具合を見ることで、 「今は六つ時(午前6時頃)だな」 「今は九つ時(正午)だな」 と、正確な時刻を判断していたのです。 つまり、猫は「生きた懐中時計(スマートウォッチ)」だったのです。


朝鮮出兵にも連れて行った

この「猫時計」が活躍したのは、豊臣秀吉による朝鮮出兵(文禄・慶長の役)の時だと言われています。 異国の地で正確な時刻を知るため、義弘は戦陣に7匹の猫を連れて行きました。

戦いの最中、鎧兜に身を包んだ鬼武将が、 「おい、今何時だ? 誰か猫を持ってこい!」 と叫び、抱き上げた猫の顔を真剣に覗き込む……。 想像するとかなりシュールですが、彼らにとっては命に関わる大真面目な確認作業でした。


生還した2匹は「神様」になった

過酷な戦場に連れて行かれた7匹の猫たち。 残念ながら5匹は戦地で命を落としましたが、2匹(名前は「ヤス」と「ミケ」と言われています)は、無事に日本へ生きて帰ることができました。

この2匹は、島津家の別邸である「仙巌園(せんがんえん)」(鹿児島市)に、「猫神様」として手厚く祀られました。 現在でも、毎年6月10日(時の記念日)には愛猫家のための供養祭が行われており、「猫の健康長寿」や「時計(時間)の神様」として親しまれています。


まとめ:最強の武将は猫好き(?)

  • 「鬼島津」こと島津義弘は、戦場に7匹の猫を連れて行った
  • 理由は、猫の瞳孔の開き具合で「正確な時刻」を知るため
  • 猫は「生きた時計」として、過酷な戦場で重要な任務を果たした
  • 生還した2匹の猫は、鹿児島の仙巌園で「猫神様」として祀られている

強くて怖い戦国武将と、可愛い猫。 一見ミスマッチですが、その絆は「実用性」で結ばれていました。 もし鹿児島に行く機会があれば、ぜひ猫神様にお参りして、戦国の世を生き抜いた猫たちに思いを馳せてみてください。

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