はじめに
明治維新の英雄、西郷隆盛。 彼の顔といえば、太い眉毛に大きな目、ギョロッとした愛嬌のある顔を思い浮かべますよね。 上野公園にある銅像のイメージそのものです。
しかし、あの有名な銅像、実は「想像で作られた顔」だということをご存知ですか?
「実は、西郷隆盛の写真は一枚も残っていません」 そのため、銅像を作った彫刻家も本人の顔を知らず、なんとなくのイメージで作るしかなかったのです。
除幕式での悲劇
1898年、上野公園で盛大な銅像の除幕式が行われました。 招待されたのは、西郷さんの妻・糸子(いとこ)さん。 夫の立派な姿が見られると期待していましたが、幕が下ろされて銅像が現れた瞬間、彼女はこう叫んで腰を抜かしたと言われています。
「宿(夫)んしは、こげんなお人じゃなかっ!(うちの人は、こんな人じゃない!)」
妻が全否定するほど、似ていなかったのです。
なぜ似ていないのか?
実は西郷隆盛は大の写真嫌いで、生涯一度も写真を撮らせませんでした。 そのため、肖像画や銅像を作る際、画家や彫刻家は、 「西郷さんの弟(西郷従道)」と「従兄弟(大山巌)」 の顔を参考にして、 「弟と従兄弟を足して2で割れば、だいたい本人になるだろう」 という、モンタージュ(合成)方式で顔を作ったのです。
私たちが教科書でよく見るあの肖像画も、実はこの合成の顔。 本物の西郷さんがどんな顔だったのかは、歴史の闇の中なのです。
浴衣で散歩もしない?
さらに、奥さんの糸子さんは、服装についても不満を漏らしています。 「あの人は礼儀正しい人だから、浴衣のようなダラしない格好で人前に出るなんてありえない」
銅像は「犬を連れてウサギ狩りに行く気さくな姿」をイメージして作られましたが、実際の西郷さんは、外出時はきちんとした身なりをする人だったそうです。 顔も服装も、奥さんの記憶とは全く違っていたのですね。
まとめ:イメージが独り歩きした
- 西郷隆盛の写真は一枚も残っていない
- 銅像や肖像画は、弟と従兄弟を合成した想像図
- 除幕式で妻が「似ていない」と全否定した
- 本物の顔を知る人はもういない
上野の西郷さんを見る時は、 「これは西郷さん本人ではなく、『みんなが思い描く西郷さん』の姿なんだな」 と思って見てください。 本物はもっとイケメンだったのか、それとももっと怖かったのか……想像してみるのも歴史のロマンです。


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