はじめに
渋谷駅のシンボルであり、日本中が涙した感動の実話、「忠犬ハチ公」。 亡くなった飼い主(上野英三郎博士)の帰りを、雨の日も風の日も、駅前で10年間待ち続けた……。 そのけなげな姿は、忠誠心の塊として語り継がれています。
しかし、もしハチ公が待っていたのが、ご主人様ではなく、 「駅前の屋台の焼き鳥」 だったとしたら、どう思いますか?
「そんな夢のない話、聞きたくない!」 と思うかもしれませんが、実はこれ、当時の目撃証言などから浮上しているかなり有力な説なのです。
渋谷駅は「グルメスポット」だった
ハチ公が通っていた昭和初期の渋谷駅周辺には、多くの露店や屋台が並んでいました。 その中には、香ばしい匂いを漂わせる「焼き鳥屋」もありました。
当時の記録によると、ハチ公は駅に行くと、駅員さんや焼き鳥屋の店主、近所の人たちから、よく食べ物をもらっていたそうです。 特に、焼き鳥屋の店主はハチ公を可愛がり、売り物の焼き鳥を分け与えていたと言われています。
「ご主人」か「焼き鳥」か
もちろん、最初はご主人の帰りを待っていたのかもしれません。 しかし、ご主人が亡くなった後も10年間通い続けた理由。 それは、 「駅に行けば、優しいおじさんが美味しい焼き鳥をくれるから」 という、「お散歩&おやつタイム」が日課になっていただけ、という可能性があるのです。
実際、ハチ公はかなりの食いしん坊でした。 死後の解剖で、胃の中から「焼き鳥の串」が数本見つかっています。 (※これが原因で内臓を悪くしたとも言われています)
人懐っこい人気者だった
「ただ座って待っていた」という孤独なイメージがありますが、実際のハチ公は、駅周辺の人々に愛されるアイドル犬でした。 子供たちに撫でられたり、大人たちからオヤツをもらったり。 悲壮感漂う待ちぼうけではなく、「みんなに会いに行く楽しい日課」として駅に通っていた側面も大きかったようです。
まとめ:それでも愛おしい
- 忠犬ハチ公には、「焼き鳥目当てで駅に通っていた」という説がある
- 駅前の屋台の店主などが、ハチ公によくエサをあげていた
- 実際にハチ公の胃袋からは「焼き鳥の串」が見つかっている
- 「忠誠心」だけでなく「食欲」も、彼を突き動かす原動力だった?
「主人への愛」か、「焼き鳥への愛」か。 真実はハチ公のみぞ知るですが、たとえ理由が「焼き鳥」だったとしても、10年間も通い続けてみんなに愛されたハチ公の魅力は変わりません。 むしろ、「食いしん坊なワンちゃんだった」と思うと、銅像が少し身近に感じられませんか?


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