はじめに
古代エジプトの王族や貴族が、来世での復活を願って残した「ミイラ」。 現代の私たちにとっては、博物館の展示物であり、ちょっと怖いオカルトの対象ですよね。
しかし、中世から近代にかけてのヨーロッパでは、ミイラは見るものではなく、 「食べるもの(薬)」 として扱われていました。
「風邪気味だから、ちょっとミイラ飲んで寝るわ」 そんな会話が、大真面目にされていた時代があったのです。
薬局で売られていた「死体」
12世紀頃から19世紀(近世)にかけて、ヨーロッパの薬局には、 「ムミア(Mummia)」 という名前の薬が瓶に入って並んでいました。
その中身は、エジプトから輸入したミイラを細かく砕いて粉にしたものです。 これを水やワインに溶かして飲むと、
- 頭痛
- 腹痛
- 咳
- 打ち身
- 毒消し
など、あらゆる病気に効く「万能薬」だと信じられていました。 フランス王フランソワ1世も、常にミイラの粉を持ち歩いていたと言われています。
なぜ食べようと思ったのか?
なぜ死体を食べるなんて発想になったのでしょうか? 原因は「言葉の勘違い」でした。
元々、ペルシャ語で「ムミア(Mummia)」という言葉は、「天然のアスファルト(黒い樹脂)」のことを指していました。 当時、この黒い樹脂は、傷薬として非常に貴重なものでした。
ある時、ヨーロッパ人が黒く干からびたエジプトのミイラを見て、 「おっ、この黒い色は、貴重な薬『ムミア』が染み込んでいるに違いない!」 と勘違いしてしまったのです。
実際、ミイラ作りには防腐剤として樹脂が使われていましたが、人々は「ミイラそのものが薬の塊だ」と思い込み、輸入して食べるようになってしまいました。
需要がありすぎて「偽造」も横行
ミイラ薬は大ブームとなり、エジプトの本物のミイラだけでは足りなくなりました。 すると、悪徳商人が現れます。
彼らは、処刑された犯罪者や、病死した身元不明の遺体を安く買い叩き、乾燥させて黒く塗り、 「これ、エジプトから仕入れた上質なミイラです」 と偽って売りさばきました。
人々はそれが誰の遺体かも知らず、 「やっぱり高いミイラは効くなぁ!」 と言って飲んでいたのです。
まとめ:カニバリズム(共食い)だった
- 中世ヨーロッパでは、ミイラは薬として大人気だった
- 「ムミア(アスファルト)」という薬との勘違いから始まった
- 王様も貴族も、こぞって死体の粉を飲んでいた
- 偽物のミイラも大量に作られていた
この恐ろしい「ミイラ食い」の習慣は、医学の進歩とともに「効果がない」とされ、明治時代頃(20世紀初頭)にはようやく廃れました。 博物館でミイラを見る時は、 「昔の人は、これを煎じて飲んでいたのか……」 と想像してみてください。呪いよりも怖い、人間の欲望の歴史が見えてきます。



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