はじめに
学校からの帰り道、友達との別れ際、あるいは永遠の別れ。 私たちが人生の節目で使う言葉、「さようなら」。
これほど有名な日本語ですが、その本来の意味を知っている人は意外と少ないかもしれません。 「また会いましょう」という意味? それとも「元気でね」?
「実は、さようならには『別れ』の意味自体は含まれていません」 直訳すると、「それならば」や「そういうことなら」という、ただの「接続詞」なのです。
元々は「左様ならば」
「さようなら」の語源は、江戸時代に使われていた「左様ならば(さようならば)」という言葉です。 漢字を見ると意味が分かりやすいですね。
- 左様(さよう): そのように。そのような状態で。
- ならば: もし〜なら。
つまり、「状況がそうであるならば」という意味です。 現代語で言えば「じゃあ」や「それでは」に当たります。
武士たちの潔さ
昔の日本人は、別れ際にこう言っていました。 「左様ならば、これにて御免(そういうことなら、これにて失礼する)」
本来は、 「(時間も遅くなりましたし)そういう状況なら、(そろそろおいとましましょう)」 「(あなたがそう言うのなら)そういうことなら、(私は引き下がります)」 という、後に続く行動の前置きの言葉だったのです。
それが長い年月をかけて、後ろの「これにて御免」などが省略され、接続詞である「左様ならば(さようなら)」だけが残って、別れの挨拶として定着したのです。
英語の「Goodbye」との違い
世界の言葉と比べてみると、日本人の特殊性がよく分かります。
- 英語「Good bye」: God be with ye(神があなたと共にありますように)の略。相手の無事を祈る言葉。
- フランス語「Adieu(アデュー)」: A Dieu(神のもとへ)。
- 中国語「再見(ツァイチェン)」: 再び見えん(また会いましょう)。
多くの国の言葉が「神の加護」や「再会」を願うのに対し、 日本語の「さようなら(そういうことなら)」は、 「今の現状(別れ)を、あるがまま受け入れる」 という、非常に現実的で、潔い諦めの境地を表していると言われています。
「別れなきゃいけない状況なら、仕方ないね。じゃあ」 と、運命に逆らわずに受け入れる、日本人の美意識が込められているのです。
まとめ:
- 「さようなら」は元々「接続詞(左様ならば)」
- 「そういうことなら」という意味
- 「それなら、これにて」の後半が省略された
- 現状を潔く受け入れる日本人の心が隠されている
別れは寂しいものですが、「さようなら」と口にする時、私たちは無意識のうちに 「今はそういう時なんだ」 と、心の整理をつけているのかもしれません。


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